わからない

佐内正史の写真集「わからない」に値段をつけるときの、店長と僕の会話。


店長「うーん、これはすごく個人的な写真集だね」
僕「でも今流行ってるんですよ」
店長「それにしても下手だな」
僕「その感じがいいんですよ」
店長「これなんか斜めになってるし」
僕「それはわざとですよ」
店長「わたしでも撮れるよ。」
僕「・・・でも人気はありますよ」
店長「(タイトルを指しながら)ここに落書きもあるし」
僕「でも・・・」
店長「じゃ、2000円」
というわけで、「わからない」が2000円で店頭に並ぶことになったのです。


そういえば、今読んでいる「カンバセイション・ピース」の表紙写真も佐内正史です。
僕はこれまでどんなに好きな作家でも、同じ作家の小説を立て続けに読むということはほとんどありませんでした。同型の小説を立て続けに読むという行為はどうしてもそれなりの疲労感をもたらすからです。しかし、保坂和志の場合は別で、ここ二週間ほどは毎日なんらかの形で彼の文章を読んでいるといっても過言ではありません。これは少し画期的なことです。とにかく、読んでいて音楽のように心地よい小説なのです。良質なポップミュージックにあってこれまでの小説にはなかった何かが保坂和志の小説にはあるような気がするのです。